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毎日の幸せ

2012/04/29


幸せってのは、幸せになるために自分が動かないと得られないものなんだと思う。

いつからか、自分で自分の行動を選び、人を選び、生きる場所を選ぶようになってから、幸せは無条件に与えられるものではなくなるんだと思う。

幼いころ、親が与えてくれた愛とか、色んな世界へと連れてってくれることによって感じる喜びは、それは自分から迎えにいった幸せではない気がする。つまり、ラッキーなんだよ。

努力(とまでは言いたくないけど。)なしには自分の心地いい時間や空間は得られない。だから、そんなことする必要なしに幸せを感じられるなんて、幼い頃はラッキーだったなあと。

でもまあ、幼い頃にはそれが当たり前だし、「幸せだなあ」なんて言葉は言わない。

オトナになって、自分で幸せを取りにいったからこそ「幸せ」がより一層「幸せ」に感じられるし、幸せの喜びを噛み締めて、感謝することができるんじゃないかな。


私の大好きな本の中で、“子どもの頃は「将来の夢」と言えば普通じゃないことにみんな憧れていた。でも大人にになるとなぜか当たり前に手に入ると思っていた、普通を手に入れたいと願うようになる。”っていう話があった。

そうなんだ。当たり前と思っていたものが当たり前じゃないって気づく。
毎日の生活だって、朝起きてご飯を食べたり、洗濯された服に袖を通すことだって、自分の存在を認めてくれる人がすぐそばにいることだって、当たり前のようで、それは勝手に降ってくるものじゃないんだ。

好きな人と一緒にいて、前向きに仕事をして、友だちと遊んで笑うことだって、全部自分が望んで自分がそう願って働きかけるから、そうやって生きていける。

うまくいかないことだってあるし、嫌になることだって、だらけた気持ちになることだって、投げ出したくなることだって、ある。

でもやっぱり心地良く生きていきたいから、自分の心を満たすように色んなことと折り合いをつけながら、自分が最大限幸せになれるように行動する。

「最大限の幸せ」って、そんな大したことじゃない。多分。傍から見たら。

でも心と身体の健康のためには、その最大限の幸せが、自分をもっともっと幸せにできるようにするための最低限必要なものだったりするのです。

何が言いたいかっていうとね、毎日幸せに満たされて暮らしていることが、自分の幸せの可能性をもっと広げるようになるんじゃないかなってこと。


私は最近、外に出ず…そこらへんに沢山ころがっている多様なコミュニティの中へ全然繰り出せていないなーと思う。どんどんと知らない世界へと飛び込んでいくことが何よりも大事!と思って生活していた時期もあったけど、今は少し違います。

毎日のごはんや、周りにいる人に感謝をしながら、とても地道に生きているんです。

毎日がパーティで毎日がハレの日!も楽しい。だけど、毎日繰り返されることの重要性や周りにいる人の存在に感謝をして大事に感じながら生活している日々も、ハレの日ばかりの毎日に負けないくらい幸福に満ちているんです。


そんなことを考えながら過ごすゴールデンウィーク。

22:00 将来・価値観 | コメント(2) | トラックバック(0)

一人暮らしと新社会人

2012/04/04

大学を卒業し、4月より社会人となりました。
サラリーマンです。会社に属するという形で社会人になりました。

来週いっぱいまで2週間研修を受ける予定です。
入社一日目から、とてもワクワクしています。
そんな初心を忘れないように、書き留めておきたいと思います。

社会人としての目標は3つ。

①仕事を通じて社会にどんな働きかけをしているのか常に意識する。
配属はまだ発表されていないし、まだまだどんな仕事をするのかは分からないのだけれど、きっと目の前の仕事でいっぱいいっぱいになるんだろうなと思う。いわゆる社会的企業ではあるけれど、企業なのであって業務があるわけでいつもいつも理想ばかり見ているわけにはいかないんだろうなと。だけれどそんな目の前のことに集中しがちな毎日でも、自分のこの目の前の仕事がどこに繋がっていくのかということを意識したい。
『どこから来て、どこへ繋がっていくのか』ということは、仕事でなくても私が大切にしたいと考えるものの見方。

②会社人間にならない。でも、自分のことのように会社の未来を考える。
『会社人間』になりたくないなーと強く思っている。その会社でしか通用しないとか、会社のためだったら自分の常識や意思や考え方抜きにして何でもするなんてことはしたくない。そのためにも、会社の外とのつながりだったり居場所を大切にしていたいと思う。大学時代は大学の外にばかり居場所があった。それは私に色んな視点や価値観を与えてくれたし、それはとっても良かったと思っている。だから会社にしか居場所がないとか、そういう人間には絶対なりたくない。
でもでも、そうは言っても会社の将来を自分のことのように考えて仕事をしていきたいと思っている。だって、私はそれをできる会社を選んだから。会社の理想と自分の理想が一致すると感じている。だから会社をよりよくしていくことは、自分のためでもある。働きやすさとかを超えて、自分が社会に対してどんな働きかけをしていきたいのか、ということを考えた時、会社の中でしっかりと働いて会社を動かし、さらには会社をより良くしていくことに力を注ぐことの手を抜いていては意味がない。
だから、仕事は頑張りたいし、楽しみだし、力を注いでいきたい。さらには、会社の外でも自分の居場所を持って生きていきたいと思う。

③日々の生活を大切にする。
起きて、服を着て、ごはんを作って食べたり、掃除したり、、そういった日々の生活を大切にしたい。仕事をするにしても何にしても自分自身の健康と心の余裕がないと何にもうまくいかないと思うし、優しくなれない。だから、基礎体力としての心と体の健康を一番大切にしたい。
しかも、そういった日々の暮らしを楽しみたいと思う。当たり前のことだけど、いちいち楽しんだりワクワクしたりしながら生活していきたいなーと思う。最近一人暮らしを始めて毎日ワクワクしてる。時間配分や予測がうまくいかず、全然イメージしたとおりに過ごせないことも面白いし、自分で自分の生活を回していくという感覚がすごく楽しい。これから慣れてくるときっと当たり前すぎて楽しいと感じなくなるかもしれないけど、そういうときは何か新しいことを始めて、いつも新しい発見を持っていたいなーって思ってる。


始めて一人暮らしを始めて、同時に社会人になって、毎日の家での仕事も外での稼ぎも全部自分の手の中、体全体で回していかなくてはならなくなった。始めて補助なし自転車に乗れたときのような感じかなー。自分一人の力だけでモノを動かして、しかも自分の意思の通りの方向へ行ける。すっごくワクワクするし可能性も広がる。もちろんまだ見ぬ世界への危険も沢山あるんだろうけど、広く周りを見渡して前方後方左右に注意しながらどこへでも行ってみて新しい景色を見つけて、お気に入りの景色を見つけて。。っていう日々をこれからの長い社会人生活を通じて過ごして行きたいなーって思ってる。


ワクワク。



00:43 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0)

(ちょっと出遅れ)2012年の目標

2012/01/14
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今日、渋谷の本屋さんで『自休自足』がたまたま目に入ったので手にとって見ると、“根本きこさん一家が沖縄ぐらしを始めた”というようなことが表紙に書いてあって、思わず記事を立ち読みしてしまった。

私がいつか住みたいと小学4年生のときから思っている地域の一部である葉山で、すてきなお店をやっていたきこさん。coyaが閉店していたのは知っていたけど、まさか沖縄に引っ越しているとは。。

でもその記事にあった、引っ越した先での一家の様子は本当に素敵だなあと思った。自然の中で自然のおすそ分けを得ながら生きる生活って、私の理想の生活をしているようだった。きこさんが「震災を機に、原発から一番遠いと思ったところに」と言って葉山をあっさり離れて沖縄を選んでいる様子になんだか心が落ち着かなかった。

そして、それでも私はとりあえずでも何でも、関東にいることを選んでいるのだなあと改めて思った。

震災を機に東北や関東を離れた人はたくさんいる。
そういった人達は本能的に離れることを選択したように見える。
自分には本能が足りないのかなと思ったり、なんだか見えないものに対して感覚が麻痺していてまあいっかと思ってしまっている部分があったり、割りともやもやしている。

でも私はこれから「からだを作る“たべもの”の仕事」に携わっていくのだし、もやもやしてられない。とも同時に思うわけです。

普段色々と沢山のモノを使うけれど、ダイレクトに自分の体と自然が繋がっていくのはやっぱり口にするものを通じてのような気がしている。自然という外部と体という内部。

思考が取っ散らかっているなあ。
根本きこさんの選択は私の選択とは違うんだから、関東に住むならば関東での外部と内部の関係づくりをしていかなくてはと思ったってこと。そしてその一つの選択肢を作っていく立場に身を置いていくのだから、この事実をもやもやしたままに放置せずにちゃんと捉えていかなくてはと思ったのです。


***

年明けは卒論!という感じでバタバタしてたのですが、卒論を提出して最初に今年の目標を立てました。冒頭の写真です。

私は小学2年生から中学1年生まで習字を習っていたので、習字教室で毎年書き初めをしていました。習字って習ったことある人は分かると思うけど、同じ言葉や文字を何度も何度も何度も何度も書くんです。そうして一番上手に書けたものを提出する。だから、その言葉を何度も書くうちに自分の中に刷り込まれていくんです。だから書き初めで新年の目標を書くってすごくいいんじゃないかなと思ったんです。

毎年何らかの形で「今年の目標」って書いたり宣言してたと思うんですけど、去年の目標は12月まで覚えてませんでした。

一年中意識するにはどうしたらいいだろうと思った時、書き初めを思い出したんです。書いて書いて書いて書きまくって、飾る。いつも目に入るところにあれば、ずっと意識していられるじゃあないですか。

だから今年は書いてみました。

習字用の半紙に、水でにじむ色鉛筆で書いて、絵筆で伸ばす。

なんかむちゃくちゃですけど、うまくかけるまで計4枚くらい書きました。

2012年の目標
・他人のせいにしない
・まずは相手の話を聞く
・相手の様子を伺って自分の態度を決めない!
・インプットを大切に

“今年”の目標は、"去年”の反省が基本にある気がする。

年末にすごく思ったのは、「これから10年くらいは沢山沢山吸収して自分の中身を作ろう」ってこと。

2011年、沢山の人に会って影響を受けて、こうなりたいなって思う生き方や人物像に出会うことが多かった。今まで私は理想とか夢とか目標とかあまり持たずに生きてきたけれど、少しだけこんな風に将来なりたいってのができてきた気がした。でもそこに到達するには今の自分じゃ足りないことが多すぎて、背伸びして背伸びして、でも空っぽな自分にすごくガッカリすることが多かった。だからとりあえず30歳くらいまでは自分の中身を沢山蓄えて、30歳くらいになったときに、周りから何を言われても「自分」でいられるように、どっかで聞いたことある言葉じゃなくて「自分」の言葉が言えるようになっていようと思ったのです。

だから、これからの10年は「自分の中身を蓄えて自分を作る10年」にしようと思ってます。
そのための第一歩として、今年の目標。日々の心がけ、です。

今年もよろしくお願いします。


megkaho
01:31 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)

土佐山のお話。

2011/12/18
2011/12/17 卒論をほっぽって、まれびとハウスに行った。
土佐山アカデミーの話を聞くために。

「土佐山アカデミーは、土佐山100年構想の一つのプロジェクトです。」

最初にその言葉を聞いて、ズキューンときた。
100年、長いと思うかい?

「自分たちの孫の生きる世界が100年後だと思えば、遠くないと思いませんか。」

土佐山アカデミーのコアメンバーのうちの二人が来て、色んなお話をしてくれた。
一人は生まれも育ちも土佐山の山中さん。
もう一人は、土佐山漬けになったのはここ1年くらい(?)という林さん。

100年先。
私はこういう長い月日のことを言われると、いつも山を思い出す。
岡山で間伐した森のこと。
自然と付き合って自然の恩恵を受けて生きていくのなら、ずっとずっと長い目で自然と向き合わなくてはいけないんだということを知った。

今日の話の中でも出てきた、「人間も自然の一部」。
そうだと思う。自然の中に生きて、自然の恩恵を受けて生きて、暮らして、生産している。だから私たちは自然の一部だし、自然と共に生きていることをもっと意識していることが大事なんだと思ってる。

土佐山アカデミーのことを正確に伝えられる自信はまだないけれど、今日の話を聞いた私の言葉でいうと、土佐山アカデミーは教育機関であり、プロジェクトであり、プログラムのことのようだ。

土佐山にあるもの。
それは今日本の多くの地方が失ってきた、あるいは失おうとしているものかもしれない。

生きるため、暮らしの知恵。
学ぶこと、教育を大切にする文化。
それを〈学び/感じ/体得する〉ことのできる人を含めた環境。素地。

素地ってなんだろう。
土佐山でいうのなら、「山にへばりついて暮らしているおんちゃん、おばちゃんと話すこと」なのかなあと私は思った。

山中さんは言う。
先人たちがやったこと、築いてきたもの、育ててきたものがあって、今がある。だからそれらをちゃんと捉まえて、これからの未来を考えていかなくてはいけない。

現代人はみんな、どこにいても"東京化"を目指してきた。
東京に憧れて、東京に出てきたり、地方を東京に似せようとしたり。

山中さんは、
「自分は土佐山で生まれて、土佐山で育って、多分土佐山で死ぬと思う。」と言い切る。

土佐山に対して誇りを強く持っている。
不思議。
東京に出てきた人たちが、やってきてみてやっと自分の地元や地方の良さに気づくのに、どうして山中さんは土佐山にずっといながらにして土佐山に魅力を感じ、誇りを持っているのだろう。

山中さんは、「おんちゃん、おばちゃんたちが、不便な山にへばりついて生きている理由には、何かきっとすごく大切な理由があるんだと思う。土着愛や地域愛を超えたものが。それが一番大事なことだと思うから、知りたいんだ。」と言う。

私も、人が生きていくために大切なものは一つのような気がしている。
一つと言うか、中心にある核のようなものは、どこに行っても、どんなことをしても変わらない何かであると思っている。

生きていく上で一番大切な何かをちゃんと知って大切にできていれば、そうそう間違った方へはいかないと思うんだよね。


大切な何かをつかむためのプログラムが、土佐山アカデミーなのかなと思った。


そう考えると、ワクワクする。
山のなかに全部ある。
土佐山じゃなくても、ちゃんと残っている地域に行って根を張ると、ちゃんと大切なものを見つけられると思う。そんな素地を残していく、作っていくってことにすごくワクワクする。土佐山アカデミーのカリキュラムを受ける機会がとりあえず今すぐには見つけられないけど、土佐山アカデミーのこの感覚を持って普段から生きていけばきっと、どこにいても同じことだと思った。ワクワク。

インターネットでいくらでも情報は入ってくる。
でも、ちゃんと顔を見て、目を見て、呼吸を感じ取って聞いた話が一番、効く。


効いた。

明日からまたがんばろうって力になる。



megkaho
01:56 MEMO | コメント(0) | トラックバック(0)

STUDIO ORIBEの定番が私の定番になった日。

2011/12/16
今日はgreen drinks Tokyoの忘年会で、ドレスコードが「グリーン&厚着」でした。

picplz 2011-12-16 01.01.29

私はSTUDIO ORIBEの8ポケットパンツ(カーキ色)を履いて行きました。
「今日のグリーンはコレ。」と言った私に、ボランティアスタッフのみんなからは「いつもそれじゃん!」と言われました笑

今回は、定番について。

「定番」って何だろう。
くらしの良品研究所の「定番を考える」のコラムを読んでから、私の中でずっと「自分の定番を持つこと」をすごく意識するようになりました。辞書的な意味はさておき、私の中で定番は「これは間違いない!と感ずるもの。」という気がしていました。日々使うものは特にそれが大事で、「いつも使うから何でもいい」んじゃなくて、「これがいいからいつも使う」っていうのが定番なんだと思っていました。

でも今日、最初の会話をしたときに初めて「このパンツが私の定番になった」と感じました。
自分の中でこれが定番だと感じているだけでなく、周りから見て「それ=いつものあなた」っていうイメージができるっていうのも定番になる瞬間なんだなあと実感しました。

STUDIO ORIBEの話。

STUDIO ORIBEは、この8ポケットパンツを含め5品番の定番たちを持っています。
“「定番たち」を少しずつ進化させて作り続けます。”とのこと。作り手からみた「定番」とは、ずっと作り続ける、提供し続けるものの品番のことなのですね。そうやって作り続けられるから、品物が寿命を迎えた時、それが何年後だとしても、同じ品番を手に入れることでその人の定番も続くんだろうなと思います。

いつまでもいつまでも、作り手と使用者の間で持ち続けられる定番。
定番を持つと、それだけですごく嬉しくなる。

今日、STUDIO ORIBEの8ポケットパンツが私の定番になりました。
蛍光漂白剤入りの洗剤で何度か洗っちゃって、少し白っちゃけているけれど。
シワがとれなくなっているところもあるけれど。

いつまでもいつまでも、末永くよろしく、パンツさん。


STUDIO ORIBE
http://www.studio-oribe.com

megkaho
01:45 好きなもの・オススメ | コメント(0) | トラックバック(0)
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