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土佐山のお話。

2011/12/18
2011/12/17 卒論をほっぽって、まれびとハウスに行った。
土佐山アカデミーの話を聞くために。

「土佐山アカデミーは、土佐山100年構想の一つのプロジェクトです。」

最初にその言葉を聞いて、ズキューンときた。
100年、長いと思うかい?

「自分たちの孫の生きる世界が100年後だと思えば、遠くないと思いませんか。」

土佐山アカデミーのコアメンバーのうちの二人が来て、色んなお話をしてくれた。
一人は生まれも育ちも土佐山の山中さん。
もう一人は、土佐山漬けになったのはここ1年くらい(?)という林さん。

100年先。
私はこういう長い月日のことを言われると、いつも山を思い出す。
岡山で間伐した森のこと。
自然と付き合って自然の恩恵を受けて生きていくのなら、ずっとずっと長い目で自然と向き合わなくてはいけないんだということを知った。

今日の話の中でも出てきた、「人間も自然の一部」。
そうだと思う。自然の中に生きて、自然の恩恵を受けて生きて、暮らして、生産している。だから私たちは自然の一部だし、自然と共に生きていることをもっと意識していることが大事なんだと思ってる。

土佐山アカデミーのことを正確に伝えられる自信はまだないけれど、今日の話を聞いた私の言葉でいうと、土佐山アカデミーは教育機関であり、プロジェクトであり、プログラムのことのようだ。

土佐山にあるもの。
それは今日本の多くの地方が失ってきた、あるいは失おうとしているものかもしれない。

生きるため、暮らしの知恵。
学ぶこと、教育を大切にする文化。
それを〈学び/感じ/体得する〉ことのできる人を含めた環境。素地。

素地ってなんだろう。
土佐山でいうのなら、「山にへばりついて暮らしているおんちゃん、おばちゃんと話すこと」なのかなあと私は思った。

山中さんは言う。
先人たちがやったこと、築いてきたもの、育ててきたものがあって、今がある。だからそれらをちゃんと捉まえて、これからの未来を考えていかなくてはいけない。

現代人はみんな、どこにいても"東京化"を目指してきた。
東京に憧れて、東京に出てきたり、地方を東京に似せようとしたり。

山中さんは、
「自分は土佐山で生まれて、土佐山で育って、多分土佐山で死ぬと思う。」と言い切る。

土佐山に対して誇りを強く持っている。
不思議。
東京に出てきた人たちが、やってきてみてやっと自分の地元や地方の良さに気づくのに、どうして山中さんは土佐山にずっといながらにして土佐山に魅力を感じ、誇りを持っているのだろう。

山中さんは、「おんちゃん、おばちゃんたちが、不便な山にへばりついて生きている理由には、何かきっとすごく大切な理由があるんだと思う。土着愛や地域愛を超えたものが。それが一番大事なことだと思うから、知りたいんだ。」と言う。

私も、人が生きていくために大切なものは一つのような気がしている。
一つと言うか、中心にある核のようなものは、どこに行っても、どんなことをしても変わらない何かであると思っている。

生きていく上で一番大切な何かをちゃんと知って大切にできていれば、そうそう間違った方へはいかないと思うんだよね。


大切な何かをつかむためのプログラムが、土佐山アカデミーなのかなと思った。


そう考えると、ワクワクする。
山のなかに全部ある。
土佐山じゃなくても、ちゃんと残っている地域に行って根を張ると、ちゃんと大切なものを見つけられると思う。そんな素地を残していく、作っていくってことにすごくワクワクする。土佐山アカデミーのカリキュラムを受ける機会がとりあえず今すぐには見つけられないけど、土佐山アカデミーのこの感覚を持って普段から生きていけばきっと、どこにいても同じことだと思った。ワクワク。

インターネットでいくらでも情報は入ってくる。
でも、ちゃんと顔を見て、目を見て、呼吸を感じ取って聞いた話が一番、効く。


効いた。

明日からまたがんばろうって力になる。



megkaho
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