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被災地・石巻に行ってきた。

2011/07/27
7/25~7/26の二日間、3.11被災地の石巻に支援のボランティアに行ってきました。
思ったことを書きます。残すために書きます。
長いけど、書けるだけ全部書きます。

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①被災地ボランティアに行こうと思った理由

3.11があってから、ずっと被災地に行きたいと思っていました。
それは、何かできることがしたいとか、自分の目で見ておきたいとか、行ってみた方がいいと人から言われたとか、いろんな要因がからみ合ってできた気持ちでした。

その中で一番中心にあった気持ちは

この震災を「他人事」じゃなくて「自分事」にして生きていこう ということ。


この時代に日本で生まれ、3.11を経験したということは何かの縁なのだと思う。こんな風に言っていいものかわからないけれど、せっかくこの時代この場所に生まれたのだから、被災地に行くべきだと思った。

将来、これから先、どこに行っても「あのとき」として3.11のことを聞かれ、思い出すことがたくさんあるだろうと思う。おばあちゃんになったときには、孫に「3.11ってどんなだったの?」って体験談を聞かれるかもしれない。そんなとき、「うーん、おばあちゃんは関東にいたからね。すごい揺れたけれど、東北がどんなだったかは、おばあちゃんは行ってないからよくわからないんだよ。テレビでは津波のすごい映像がずっと流れてね…」って言うのは嫌だ。

中学の時、中越地震があった。高校のとき、中越沖地震があった。
わたしの住む街は被害はほぼなくて、大きな地震だったなーと思う程度。
でも、大学に入って「新潟出身です」と言うと「地震大変だった?」と聞かれることが本当に多かった。そのとき「うちは幸いにも震源地から遠くて、被害もほとんどない地域だったからー。中越の方は本当に大変だったみたいだけど」と言っていた。
地元民としてのコメントを聞かれているのに完全に「他人事」として答えていた。

3.11も同じようにしてしまいたくないと思った。

ちゃんと自分の出来事にしよう。
「もはや思い出」じゃない。
現在進行形の、自分の出来事にするために被災地に行った。

ボランティアして自分の力が役に立つとか、そういったことはあまり考えなかった。
でも、被災地に行くならボランティアしかないとは思ってた。


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②「復興」

あの日から4ヶ月経った石巻に行ってみて一番強く感じたことは

「復興」ということ。

石巻は「復興」に向かっているんだと、強く思いました。

でも、石巻に行く前にイメージしていた復興とはぜんぜん違う。

石巻に行く前、関東に居てテレビで“復興に向かっています”という報道を見ると、復興はもっと楽観視できるものだと思っていた。テレビとかニュースで「復興」という言葉を目にすると、すごく明るいイメージがある。「ああ、よかった」と胸をなで下ろす自分がいた。

本当の復興は、そんな明るいもんじゃない。

マイナスからゼロに戻すことが「復興」。
石巻はまだまだゼロにすら至っていない。

足の骨を折って、まだまだ骨がくっついていないのが「復興」。
骨がくっついて、リハビリをしているのが復興ではない。

復興に向かっているというニュースを見ると、よかったーと思って満足してしまう。
終わったこと、治ったことと思って、思い出にしていってしまうのが人間なのだと思う。

でも、まだ終わってない。

思い出にするのは早い。早いほど早すぎる。
まだまだ、まだまだまだ、被災地にとっては現在進行形のもの。


3月11日、自宅にいて夜まで停電の中過ごしたこと、
インターネットに張り付いて、情報を追いかけたこと、
テレビから流れる、東北の映像が現実に起きてると信じられなかったこと、
被災地のために何かしたくも何も出来ない自分を腹立たしく思ったこと、
そんな自分が体験したことでさえ、もう感覚が薄くなっている。

すでに思い出にしかけていた。
思い出になると、触れなくていいものになってしまう。
触れても変わることのないものになってしまう。

でも、3.11の大きな被害を受けた地域では、はまだ続いていること。
まだまだ自分の手が触れることで変わることがたくさんある。

だから被災地が現在進行形である限り、私もたくさん力を貸せる手を出していく。

ゼロに向かう被災地には、まだたくさんの人の力や手が必要。
もっとみんな手を出したらいい。
時間があれば被災地に行くといいと思うし、行けなくても、せめて思い出にしてしまわないで。



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③まちの様子

震災から4ヶ月経った石巻市のことをちゃんと見ておこうと思って、
空き時間には、作業班の人たちとなるべく街中を歩いた。
住宅地にも市街地にも行くことができて、まちの色んな面を見れたような気がする。

被災直後よりは、ずっと瓦礫の撤去も進んで、かなり片付いたそう。
よく見ると、歩道にヘドロが硬くなってひび割れていたりする。

住宅地も市街地もそうなのだけど、上の写真のように一見するとなんともない。

遠目に見ると、住居もほぼちゃんと残ってる。
(場所によっては流されて更地になっているところもたくさんある。)

けど、歩いて、近づいてみるとその様子は全然違う。

どの家も1階部分が、、家じゃない。
柱だけ残っていたり、窓は新しいものがはめてあるんだけど中は瓦礫だらけだったり。
RIMG0124_convert_20110727130523.jpg



私が作業にあたった家も、市街地の商店街のある一店舗で、1階部分は瓦礫とヘドロで埋まったそう。

市街地は、商店街がとても栄えていただろう様子がとてもよくわかった。
駅からいくつも通りが離れているところでも、大きな商店街が並んでいたし、震災が来て津波が来るまで営業していたんだろうという雰囲気のお店ばかりだった。




宿泊地から徒歩20分くらいの石巻港にも行ってみた。

行く途中、いたるところの空き地に瓦礫の山があった。
RIMG0103_convert_20110727125528.jpg

側溝は詰まっていて、昔のトイレのような匂いもときどき風に乗ってくる。

1階部分がない家ばかりだけれど、住んでる様子の家がたくさんあった。
歩いていると、たくさんの車に乗った住民の人たちともすれ違った。
瓦礫のそばで作業している人たちは、県外の人だった。

空き地に、潰れた緊急車両があった。
こんな頑丈そうな車をぐちゃぐちゃにしてしまうほどの力だったんだ。
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石巻港には、何もなかった。
何もなくて、港の門の正面からずっとまっすぐ広い道が続いていた。
津波はこの道路をずっと勢い衰えることなく進んでいったのだろうかと思った。
みんな黙ってた。




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④人々

私が作業をしたのは、商店街のある店舗。
店舗兼住居の家。

住居部分の床下の泥出しをした。
作業をしていると、その家の家主さんが時々やってきてお話をする。

「仕事休んできてるのか」とか「風呂には入れないのか」とか。

そして「偉いなあ」と言う。
作業をしていた私たちに、冷えた飲み物を何度も何度も差し入れてくれた。

偉いのは、私たちよりもずっと、被災地に住む人達だ。
大きな被害にあって、家も、多分たくさんの親族や友達を失ったはずだ。

それでも、どうなるか分からなくても毎日家をきれいにして、生活している。

店舗の方はほとんど片付いて、きれいになっていた。家主のご夫婦二人で片付けたらしい。20畳くらいある広さの店舗をちゃんと片付けるのには、一体どれくらいの時間がかかったのだろうか。

今は避難所に住んでいるとも話していた。
お風呂に入れないのかと可哀そうに思ってくれた家主さんは、自衛隊の用意した簡易風呂に入っているのだろう。私たちは帰ればゆっくりと自宅の風呂に入れるのに。

風呂に入れないという話を聞いた奥さんは、私たちに水のいらないシャンプーや、ボディ用のウェットティッシュをわざわざ買ってきてくれた。


作業の途中、道を歩いて「こんにちは」と挨拶をすると必ず

「ご苦労様」という声が返って来る。


街中の店舗や家や、いろんな場所に

「がんばろう」の文字と

「ボランティアのみなさん ありがとう」の文字がある。

なんとも、どうしようもない気持ちでいっぱいになる。
もう、ここは、私にとって大切な場所だ。勝手に。そう思う。

「9月には営業再開させますから、また来てくださいね」と、奥さんが声をかけてくれた。


RIMG0019_convert_20110727134532.jpg
⑤ボランティアに行く

ボランティアに行くと、わかることがある。
たくさんあるけれど、一番は、人手が必要だということ。

人間が、何年も何十年もかけて作った街が、一気にさらわれてしまった。
それが数ヶ月で、元に戻るわけない。

どんな作業でもいいから、ボランティアに行った方がいい。
本当に、沢山の人の手を必要としているんだと感じる。


それから、やっぱり私は、今この時この場所に生きているからこそ、被災地を知っておくことは私たちの責務であるように思う。

これから未来を作っていくとき、後世になにか伝えるとき、必ず自分たちの心にある出来事だと思う。まだ思い出にはしないで、今起きている現実として自分の中にちゃんと刻むべきだと思う。


「行こうと思ってるんだけど…」と思っている人は、絶対行って。

「けど…」の後の事情が解決してからでもいいから。
振り切っていけるなら振り切って、行ってほしい。


ちなみに私はピースボートのボランティア派遣で行きました。
http://pbv.or.jp/volunteer_top.html

地域単位でも派遣しているところも沢山あるし、現地まで行ければボランティア登録できる。旅行会社とかも旅館とかに泊まりながらのツアーの企画とかあるし、行く方法は沢山ある。

助けあいジャパン
http://tasukeaijapan.jp/

apbank
http://www.apbank.jp/

地球の歩き方
http://www.arukikata.co.jp/volunteer/kokunai/higashi-nihon.html





megkaho
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14:20 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)
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